過去の講演会
「川崎市における精神保健福祉の現況と今後について」

二宮正人先生

平成17年 3 月19日(土) 福祉パルかわさき研修室 にて

  こんにちは。今日はお昼過ぎの貴重な時間に集まって頂いてありがとうございます。
この数年間で精神保健福祉はかなり変わってくるのじゃないかなということを私たちは考えております。現在は、精神保健福祉法という法律にのっとっていますけども、多分平成18年度は精神保健法、昔の法律の形に戻るのではないかと既に言われております。そんな法律的な難しい話は、この後に質疑応答の時間を割いて頂いたので、その時にもしご質問があれば、して頂くことにします。
 私は川崎市のリハビリテーション医療センターという所の診療科で10年ちょっと心の問題にたずさわってきましたのでその感想と、色々な作業所にも出入りしたり、保健福祉センターのケースカンファレンスにも出させて頂いたり、いろいろな現状をちょっと垣間見させて頂いたということで、皆さまと共に考えていきたいなと思っております。
 そのためのひとつの形として、「川崎市における」ということですので、じゃあ川崎市が属している神奈川県はどうなのか。日本はどうなのか。よりもっと広く目を見開いて世界的はどうなのかということ。それから「精神保健福祉」という言葉もキーワードですけども、これは3つの単語ですよね。「精神」「保健」「福祉」この3つをくっつけちゃっているわけですけれども、心の問題、それから保健の問題、それから福祉の問題。実は別々の話ですよね。それから現況と書いてありますけれども、今現在というのは過去があって、現在があって、それから今後の問題、つまり未来の問題という時間の流れがあるわけで、その辺を私なりに考えてみたいと思っております。

○リハビリテーション医療センター
 私がリハビリテーション医療センターという所に来たのが平成5年ですが、そこでいろいろと昔からいる先生たちに教えて頂いた歴史とか、リハビリテーションセンターのおかれている意味というか、そういうようなことをちょっとお話ししたいと思います。
  川崎市は昭和46年にリハビリテーション医療センターというセンター構想を作り、昭和47年に実際の建物ができて活動を始めたんだそうです。その当時は「精神保健福祉法」という法律ではなくて、「精神衛生法」という法律で、精神障害の方は基本的には本人の承諾を得ないまま入院生活を強いられてきたという歴史があります。それに対して川崎市は日本で最初に入院医療というものに対して、「より社会的な、地域の中で生活ができるような形で精神障害の方を見ていけるのではないか」という理念を持って、リハビリテーションセンターを作ったという経緯があります。こういうセンターが作られたのは日本で最初なのですね。その後、10年、15年遅れてあちこちでこういう精神科のリハビリテーションということを旗印にしたセンターなり公共の施設が作られるようになってきたわけです。そういう意味で川崎市というのは先駆的な、社会精神医学という言い方をしますけども、地域精神医学とか。そういう風に「精神障害を持っていらっしゃる方を病院の中で管理していく」という形から「社会の中でそこをケアしていこう」という方向性を川崎市は昭和46年に持ったということで、皆さま川崎市民としては非常にこの点は誇りに持っていいかと思います。

○精神科リハビリテーションの段階論
 ただし、一昨年ですけれども、リハビリテーション医療センターも30周年記念ということで講演会とか勉強会を開いたりしたわけですけれども、やはりかつての昭和46年の「入院医療から地域医療へ」という流れでいくつかの視点、見るポイントが変わってきた。そもそも「精神障害を病院で治療する」という概念は基本的に悪いわけではないですよね。ただし本人の同意を得ないでやるとか、強制的に入院させるというようなこと、それから一旦入院すると入院期間が非常に長くなるとか、あるいは退院に至る道筋がきちんとした地域生活の訓練ができないとか、そういうような点があってそれを考えていこうというポイントで昭和46年にスタートしたわけです。リハビリテーション医療センターの中のもみの木寮であるとか、かつてあった生活棟であるとか、そういう所で生活訓練をされて地域生活に移行された方もいらっしゃると思います。
 ところがですね、長らくリハビリテーションセンターでやっていた職員の中から一つ重要な意見が出てくるようになりました。これは私がリハビリテーション医療センターに来た平成4、5年の時点ではこの意見というのは熟成されていて、いろいろな精神科リハビリテーションという学会がありますけれども、そちらの方でかなりそういう方たちが積極的に発言をし、発表をしてきたものです。その内容は何かといいますと、そもそも昭和46年のリハビリテーションの概念というのは「まず入院医療があって、そこから退院をして、中間施設を作って、この中間施設というのは先ほど言いましたけども、リハビリテーション医療センターが中間施設です。中間施設を作り、そしてそこで日常生活技能訓練、例えば家事とか簡単なアルバイトができるくらいの能力をつけるであるとか、もちろん普通の雇用ですね、仕事をするとかそういうようなことを中間施設で訓練をして、その訓練が終わった時点で社会の中に帰そうではないか」という考え方。これは一見正しいわけですね。皆さんも多分「なるほどな」と思うわけですけども、要するに段階論ですね。
 もう少し詳しく言ってしまうと、今現在は精神障害という言い方をしますけれども、もっと具体的に言ってしまうと統合失調症が多いですよね。統合失調症が発病する。そうすると入院しなければいけない。もちろん入院しないで済む場合もありますけども、今は一例として挙げます。いろいろな症状が出てきた。例えば被害妄想であるとか、夜眠れないという不眠、そういうようなことが出てきたら家族の方が心配されて精神科の病院へ受診させる。そうすると精神科の病院がこれは統合失調症が発病したので、「通院医療よりもこの方は入院医療が適当なのではないか」と思って入院させるわけですよね。それで患者さんは精神科の病棟に入院になりました。それで入院生活を始めた。お医者さんと定期的に面接をしたりあるいは薬物療法を受けて状態が徐々に改善していく。そうするとお医者さんの方も「そろそろ退院を考えなきゃいけないな」という形になるわけです。そうすると病院のスタッフの人たちも「じゃあ退院に向けて色々なことを訓練していきましょう」となりますよね。「まず一番重要なのは薬を定期的に飲むことだから薬の自己管理をしませんか」と。更に「社会生活に慣れるためにも時々ご自宅の方に外泊しませんか」。それから院内作業。「病院の中での簡単な作業なんかもしてみませんか」。「やはり入院すると体力、特に足腰が衰えてくるので、そういうところも鍛えませんか」という提案がなされて、それに沿って訓練プログラム、リハビリテーションプログラムが立てられるわけです。患者さんはそのプログラムにのって薬を自己管理する。自分で一週間分看護師さんの方から薬を渡されてきちっと飲む。それからリハビリテーションですね。リハビリテーション室のある病院であれば、そういうところで歩行訓練であるとか、落ちた筋力を回復するような作業療法を受けたりするわけです。その訓練も順調にいくと、「じゃあもう入院はそろそろ必要ないであろうから次のステップへいきましょうよ」ということになりますね。「あなたは川崎市の方でリハビリテーション医療センターも近いし、リハビリテーション医療センターはそういう場所だから、そこに行った方がいいですよ」という形でリハビリテーション医療センターに紹介されてくる。そうするとリハビリテーション医療センターの方でもその紹介を受けて、その患者さんへ、より日常生活に近い訓練をするわけです。例えば私どもの施設の一つに「もみの木寮」というものがあって、そこの一室は全くアパートと同じ設計になっているわけですね。2DKの部屋が準備されていて、そこにはガスコンロも流しも洗濯機も準備されている。そういうところで、アパートで一人生活ができるように、例えば洗濯機を回すこと、それからガスコンロで料理を作る、ごはんを炊く、そういうことを訓練していく。そういう訓練をして、「だいぶ体力もついてきたし、それから一人暮らしの体験もできただろうから、じゃあ今度はアパートで一人で生活しましょう。でもいきなりは難しいだろうから、週に1回、2回、あるいはもっといえば3回ぐらい今ここでやってきた生活訓練の場所をそのまま使って、つまり週に2、3回もみの木寮を泊りがけで使って、地域生活が続けられるようにしましょう」という形で地域生活が進む。それが更に完成してくると、今度は「今まで2回来ていたところを週に1回にしましょう」。「週1回でも完全にあなたは大丈夫だから、もし何かあった場合にはこちらの方になんらかのアドバイスなり、あるいは入院に至らないような軽微なこと、例えば混乱が起こるであるとか、ちょっとした病気、例えば今月私は外来診療をしていてインフルエンザがだいぶ増えてきているんですね。そういう風邪やインフルエンザをひいちゃった場合は、やっぱりアパートで一人で寝ていると不安だからもみの木寮で生活したいというようなことがあると、もみの木寮ではちゃんとしたそういうお部屋も準備されているのでそこで養生しましょう」という形。そういうバックアップシステムも含めて「統合失調症という病気を持った方が発病されても少し時間はかかるかもしれないけれども、日常生活に戻っていける」というのが、これが少し古いリハビリテーションモデルなんですね。先ほども言いましたけども、このモデルはすごくいいでしょう?
 ところが落とし穴があったんですよ。どこに落とし穴があるかというと、ずっと段階的に進みますのでその段階で足踏みをしてしまうとそこでストップしてしまうんですね。昭和47年からもみの木寮という先ほど言ったアパートの一室のようなお部屋を準備して、「そこで訓練をして、アパート生活へいきましょう」という風に作った建物に、ずーっとそこが生活の場になってしまう障害者の方がいっぱいできてきたんですね。要するに地域に戻れないリハビリテーションセンターになってしまった。だから私がリハビリテーション医療センターに来た時に、ベテランのスタッフが言ったことは「段階論はちょっと難しいよ」ということです。段階論でやると、例えば入院している患者さんが社会へ戻る時に中間施設へ一旦入って、中間施設で地域の中でできるぐらいのスキル、技能ですね、そういう物を手に入れて社会に戻る時にもちろん戻れる方もいるけれども、「戻れないで足踏みしてしまう方がいっぱいいるんだよ」ということです。
 
○精神科リハビリテーションの新しい考え方
 じゃあどうしたらいいのかと考えた時に「中間施設はやめようよ」ということです。要するにリハビリテーション医療センターが作られた時の理念は「脱施設化」ということですね。「脱」というのは「抜ける」。「施設」というのは「病院」ですね。「脱病院化」です。「脱病院化」の理念でリハビリテーション医療センターを作ったはいいんだけれど、「リハビリテーション医療センター病」、「リハビリセンター医療センター依存症」を作ってしまった。だから「リハビリテーション医療センターがないと社会に戻れない」という患者さんがいっぱいできてしまった。「それならば、リハビリテーション医療センターがやることを社会の中でやっていこうよ、と考えた方が合理的じゃないか」。要するに「階段を一歩一歩上がるよりもエレベーターで一気に屋上まで上げちゃって、もしそこでうまくいかないとしたらスタッフの方がエレベーターに乗って屋上まで上がって、そこで面倒を見て、もう下に降りる必要がないようなことをやっていきましょうよ」ということを提唱するようになったわけです。
 これは平成15年の段階で旧厚生省、今の厚労省が「このやり方を国の施策として取り入れましょう」ということになっていたんですね。私たちもそれに絡んでいたのですが、数百万円予算がつく予定だったんです。それが平成16年度になって小泉さんの一兆円の経費削減計画でそれが一気にゼロ円になってしまった。頓挫してしまったんです。また平成17年度に向かってもしかしたら新しくスタートするかもしれませんけども、先ほど言ったような段階論、「徐々に徐々に一旦入院生活を余儀なくされた方が徐々にステップアップして社会の中に溶け込めて生活できるように」という形ではなくて、こういうような「入院生活からいきなり社会の中に入っていく」と。「入院生活から退院する先は施設ではなくて社会・地域にする。」私がいるもみの木寮の一室をアパートの形にするのなら、今住めるアパートに入ってもらって、そこで訓練できる職員が出張すればいいことでしょ?「だから施設を使ってそういう段階論の訓練をするという考え方はちょっと古いよ」というわけです。こういう考え方が一番新しい考え方で、こういう段階論から地域医療プロジェクトという形に変わってきたのが現状ですね。 
 実はこういう考え方というのは、30年くらい前に外国で例があって、その論文を読んでいる人たちがそういうことを言ったわけです。こういう形を最初にきちっとしたシステムとして行った国はイタリアです。イタリアは精神障害の方を段階論ではなくて地域精神医学という形で面倒を見ていくということをプログラムしたわけです。それをうちの職員たちが日本で先取りして「ちょっとやってみませんか」と発表したり進めていったわけですが、申し訳ないことにうまくいってないんですよ。それはなぜかというと、未だにこの施設はあるし、実際に病院の方から私たちの施設にそういう段階論で治して欲しいという要請がいっぱいあるのですね。「病院から直接地域に出す」ということがなかなか病院の先生たちの方も理解してくれないし、うまくいかない。ただし、もしかしたら皆さんはご存知かもしれませんが、一昨年私たちはリハビリテーション医療センターの中にある生活棟という、一種の入院施設を廃止しました。この廃止した理由というのが先ほど言った「病院から施設に、施設から地域に」というのではなくて、「病院から地域に」という理念に合わせるためには「病床があっては意味がない」ということで、病床を閉鎖しました。その代わりいくつかの今後の取り組みを始めたわけです。それがここで今後の話になってくるわけですね。

○ 現在のリハビリテーション医療センターの取り組み 
 今後の話になる前に、現在の状況をお話ししたいと思います。さっき言った「段階論から地域へ」という形に沿って、リハビリテーション医療センターはいくつか施設の変更、部門の変更をしてきましたけれども、一番大きな改革というのは先ほど言った生活棟という入院の施設を閉鎖したことです。それからこれは直接精神保健福祉と関係あるかどうかわかりませんけれども、私どもの施設にやはり3年前に引きこもりの専門部門である「引きこもり相談」という部門が作られました。ニュース等で皆さんもご存知かもしれませんが、今日本全国で若者の引きこもりというのが非常に多くて問題化しているわけですね。それで、川崎市はこれに対して専門の部署を作ったわけです。「社会的引きこもり部門」と、もう一つが「児童虐待の予防部門」なんですね。それがこの近くにできたんですけども、それが今現在では一つはリハビリテーション医療センターの方になり、もう片方は児童相談所の方につきました。そういうような形で引きこもりの専門部門も作られました。
 それからもう一つは先ほどちょっと言いかけましたけれども、「地域訪問ケア」という部門が作られました。これがさっき言った「段階論から地域論へ」という形の変革部分の目玉なんです。地域訪問というのは、「地域訪問ケア班」という部署ができまして、そこにはまず看護師、それから社会福祉士。それから作業療法士、精神保健福祉士がいます。もちろん精神科医もいるわけですけれども、そういう「たくさんの専門職の方が共同で、障害を持っている方が地域で生活できるように援助する為に、その障害者の方へ、障害者の方が病院に来るのと同じように、そこの職員たちが出前して、要するに昔で言う、往診に近い形で出かけていって、そこで状況を見て対処していく」という部署ができたわけです。実は私はそこの担当医なんですけれども、時々私も職員と一緒に、障害を持った方のご自宅まで出かけていって、いろいろ考えています。例えば通院先が私のところではない場合ですと、そちらのお医者さんの方へ情報伝達をしたり。あるいは日常生活のことで困っているようなことがあれば、そこを解決してくるというようなことをやっております。これが先ほど言った地域精神医療なんですね。
 要するに医療は病院で提供する。もちろんそういう部分もある。だけど、「往診のようにその地域でいるだけで、医療が提供できる」という形がこれから徐々に浸透していくのではないかと思われます。
 更にですね、これで終わらなくて、先があるわけです。それは何かというと、ただ往診して診断して帰ってくるのではなくて、一回行くのに1人ないし2人と限らなくて、3人とか、4人とかででかけていく。なぜかというと、例えば精神科医と看護師と作業療法士が行くと、精神科医は病気のことを相談にのる。看護師さんは看護のことですね、その人の例えば身の回りのことを一緒に見てくれて、より細やかな気配りをしてくれる。それから作業療法士の方は例えば「太っちゃった」と、「太り気味だ」と訴えがあったら「少し運動しましょう」と提案してくれます。運動するためにはどのくらいのメニューがいいのか、「ただ運動しましょう」と言ったらその人は走っちゃうかもしれない。だけど例えば55歳の男性で体重が85キロもある方が走られたら、心臓がパンクしてしまってより病気を重くしてしまうかもしれない。だから「今週一週間は一日25分の散歩をしましょう」と。その散歩のコースも一緒に歩いて周りの状況を見てあげて、「このコースをこんなようにして一周したらいいんじゃないか」と。それが一週間ないし二週間終わったらばもう一度訪ねて行ってあげて、本人の状況とそのコースの変更して、「じゃあ今度は40分くらい散歩するコースを考えましょう」というようなメニューをこちらから提供してあげるというようなことが行なわれています。
 
○ACTと今後の課題
 こういうのをちょっと難しいですけども、現代的な言い方では「ACT」(Assertive Community Treatment)と言います。最近はたまにですけれど、新聞に精神医療の新しい形としてACTが紹介されることがありますけれども、ACTというのは、「地域で生活していけるように出前で、看護師さん、お医者さん、作業療法士や精神保健福祉士、そういう方たちが現場でいろいろなメニューを作ってくれる」ことを言います。このACTというのはもともとイタリアが元祖といいますか、イタリアで考えた方法で、イギリスで発達し、アメリカで今現在行われています。日本も本来だったら今年から行われるはずだったんですけども、本来の予算が削られてなくなっちゃって、今は新聞で時々見かけるのは国立精神神経センターの病院である、千葉県にある国府台病院でACTチームが作られて、試験的に行われています。今の川崎市の状況ではリハビリテーション医療センターが生活棟を廃止したときに、ACTに近いというか、ACTそのものの活動を開始しています。ただしACTチーム、つまり先ほど言った地域訪問ケアチームはスタッフは6人で、私を入れて7人なんですね。活動は3人とか2人とか多人数で行きます。そうすると毎日その部署のテーブルには誰もいないんですよ。私は外来をやっていて、「ACTのチームをちょっと紹介したいなあ」と思って、そこの部署に電話をかけても全然誰も答えてくれないし、「しょうがないな」と思って行ってみると誰もいない。みんな出張というか、出払っていて誰もいないんですね。そのくらい今は忙しい状況にあります。ですから今後の課題としてこういうACTということをもっと大々的に行う。それからなんといっても、私たちリハビリテーション医療センターというのは、中原区のはずれにありまして、ちょっと道を挟んだ向こう側は横浜です。交通の便が悪くて、どこに行くにもバスを利用して出なければいけないという非常に不便なんですね。できれば川崎区であれば川崎駅前。宮前区とか多摩区であったら登戸だったり溝口だったり、麻生区だとすると新百合ヶ丘だったりとか、「基幹の駅のすぐ近くにきちんとしたオフィスを持って、そこに常駐する職員が何人かいるようなそういうシステムが立ち上がっていかないと、本来のシステムは満たせないのかな」と私は考えています。それが現在、それから未来の形です。
  それからもう一つ重要なことはACTもそうですが、現実の物理的な施設が不足しているんですね。作業所、グループホーム、ケア付きの住宅。そういうようなものが川崎市だけではなくて日本全国非常に不足しています。そういう物理的な資源を作っていくということも非常に大事なんですけれども、これは非常に先ほどのお話であるように、国がお金がない状況でうまくいかない。でもそんなことは言っていられない。多摩・麻生では「精神保健を考える会」というところがあります。そこが「法人化」つまり「ある程度財産を持って、経済的なバックグラウンドを持って活動していこう」という動きがあります。こういうものが川崎区にも、それから中部の中原区にもできてくると、先ほどいったようなACTの動きももっとやりやすくなるだろうし、それから障害を持った方の日常生活のスキルも、能力も高くなっていくんじゃないかなと考えております。これが川崎市を中心とした精神保健福祉の過去・現在・未来という形ですね。
  私が考えていることをお話ししましたが、ご質問とかご意見とか何でも結構なので何かないでしょうか。ご清聴ありがとうございました。


Q&A
Q1 先生がおっしゃっていた「病院から地域へ」というのは退院してから賃貸アパートにどんどん入居してもらって、その方々をバックアップしていくということだと思うんですね。ある当事者の方で就職して会社へ行ってい方がいるんですが、住んでいるアパートで騒音を出して、アパート全体の人が「うるさくていられない」とみんな転居させてしまったという問題を持っています。すると大家さんが警戒してしまって、そこでよくなった人が退院して住んでもらおうと思っても全然OKが出ない。知っている大家さんは保証人である家族が40分くらいの所に住んでいても駄目で、10分くらいの距離じゃないと保証人にならないと言うんです。ぜひその保証人の問題について考えていただけないかな、と思います。よろしくお願いします。
A1 とても貴重なご意見を頂きましてありがとうございます。池上先生(座長)これに対して何かご意見ないでしょうかね。
A1 完璧なものではないですけども、2年ほど前から保証人制度はあるんですよね。それは川崎市が全国で先駆けてやっているんですけども、特定の不動産業者で、紹介する団体が仲介しないといけないので、今のところ10人くらい入っているはずです。
Q1 そこのアパートでは「家賃を自分で大家さんに持っていかないと駄目だ」と言われたんですね。ところがその前までは家族のアパートに住んでいる方でして、無料だったので、家賃を持たせたことがないわけです。私は大家さんに「家賃は5万とか6万とか高いし、そもそもご本人はお金がうまく使えない、浪費傾向がある方なので、できるかな、最初は一緒に家族が行かないとできないかも」と言いますと、当事者の方と関わりがある不動産屋さんなのに駄目だと言われたんですよ。じゃあどうやって粘ってわかってもらうかということで、人権相談とか法律相談にも行ってしまったんです。そうしたら逆効果になってしまって、結局何が良かったといいますと、同じように当事者の家族を持つ他の方が「何かあったら責任を持ちます」と言ってくれたので何とかやっているわけです。
A1 それは多分本当に大家さんとの相性の問題だと思うんですね。というのは私どもの施設は先ほど言ったように昭和45、6、7年からそういうリハビリテーションをやって、井田病院はご存知ですよね?井田病院の周りのアパートで皆さん生活されていて、そこの大家さんで、何人も当事者を入れてくれている方がいらっしゃるんですね。極端なことを言うと、例えばの話ですよ。ご本人がボヤ騒ぎを起こしてしまっても「一旦どこかに行ってくれて、そこをちゃんと綺麗にするから戻ってきていいよ」というぐらい良くしてくれる大家さんもいらっしゃるんですね。
 それとは別にこれから後見人制度であるとかね、公的な保証人制度というのは徐々にですけども充実していくと思います。


Q2 自分の娘が統合失調症にかかりまして、去年半年ぐらい市立病院に入院していました。やっと退院して自宅に帰ってきて、それから今言われたリハビリテーションに取り組めるように段取りを取っていますが、川崎は中原区しかないんですかね。在宅的な地域医療は、かなり前からそういう所でやってらっしゃるそうなので、川崎区とかでもそういうステーション的なものを作って頂きたいと思います。僕らが生きている間はなんとかやれても、死んじゃった後は兄弟がみてくれるかどうかもわかりませんし、今後はそういうところをぜひ作って頂きたいと思います。
A2 そういう社会資源はまだまだ遅れています。例えばグループホームというのがあります。そこは「アパートなりマンションなりのお部屋を借り上げて、専任のスタッフがいるんですね。そこで専用のお部屋に障害者の方に住んでもらう」というものもあります。そういう社会資源に関する情報は今のところ保健福祉センターに集約されていますので、障害者支援担当のワーカーさんにおっしゃられると、作業所とかグループホームの住所とか手続きとかわかります。もちろんリハビリテーション医療センターも保健福祉センターが窓口になりますし。それからヘルパー制度というのもあるんですよ。ヘルパーさんがご自宅にいらっしゃって、例えば掃除洗濯家事を手伝ってもらえるという制度もあります。ですから遠慮しないで保健福祉センターの方へいらっしゃるといいと思います。

Q3 貴重なお話をありがとうございます。「段階論から抜け出して積極的な訪問ケアに移行していく」という事は、先生のご講演を聞いて非常にわかりやすかったのです。今度の自立支援法では、地域生活支援センターは相談業務に業務内容を限定してくるというような内容のことですよね。さっきの先生のお話を聞いていると、「積極的な訪問ケアの機能を持たせてしまった方が経済効率もいいのにな」という感じがしました。
A3 おっしゃるとおりだと思います。本来は先ほど言ったリハビリテーション医療センターの改革構想の中では三部門、つまり井田の地域生活支援センターはそのまま残して、更に川崎区と北部に新たに設置して、市内で合計3ヶ所の地域生活支援センターを、と考えていたんですね。ところが全然予算もつきませんし、人員もつかなくて結局リハビリテーション医療センターにある1箇所、人員も6人という配置なんですね。その6人のうち2人は非常勤ですし、まだまだいろいろな面で不十分です。

Q4 現在もみの木寮は何人ぐらいいるんですか?
A4 具体的な数字はちょっとわかりませんが、定員は約40名です。一日の利用者数は38、9名。ですから1名とか、少し余裕があるくらいで、日によってはほとんど埋まっているという日もあります。


Q5 日本ではACTを含めて精神保健福祉はこれから数が増えるか質が良くなるのかわからないのですけども、どういう風になっていくのかなと思います。私は家族で障害を持っているものがいますので、それが非常に気になります。日本での未来像というのですかね、国としてどういう風に描いているのかということをちょっと知りたいなと思うんですけども。
A5 先ほど言いましたけども、平成16年に「地域ケア構想」という国の施策が準備されました。最初に始まったのが平成13年か14年だと思うんですね。「年間5回ないし6回の準備委員会を経て、平成16年度に予算化されて、まずパイロットスタディを始めて、それを2年間やって、平成19年ないし20年に本格施行」という構想を「地域リハビリテーション構想」ということで始めたんですね。その準備委員会の委員として私たちリハビリテーション医療センター職員の1人が毎年その会議に出ていました。厚生労働省のホームページにもそこの会議の様子が出ています。現在も過去のデータが出ていますのでそれをご覧になるといいと思います。基本的には、「地域生活を支えるためにお医者さんと看護師さんと、多職種の方が出張サービスをしていこう」という形を構想していたんですね。それが平成16年はいきなり全面的に予算がカットされて、今のところ準備委員会も立ち上げられなくなって、完全にストップしている状態です。
 ただし遅れるとは思いますけども必ず前進していくと思います。なぜかと言うと、「各区に障害を持った方の地域生活支援センターを作る」という話があると同時に、私たち精神科医の中で「退院促進事業」というのも出ているんですね。その退院促進事業の目玉の一つに「ただ退院させるのではなくて、退院をした方たちのケアもちゃんとしていかないといけない」ということで、先ほど言った「ACTが機能する」ということ。ですから退院促進とACTというのは実は2本の柱なんですね。車の両輪みたいなものなんです。片方だけというのはどう考えても機能しないんですね。例えば退院促進事業をしちゃえば障害者の方がどんどん退院してくる。その受け皿はさっきおっしゃられた方のように(Q1参照)アパートを借りようとしてもうまくいかない。そういう事例がいっぱい出てきてしまうわけです。ですから、そういうわけで国や地方自治体の方も全面的にバックアップしますよ。ACTと退院促進事業が両方ないとおかしな結果になってしまいますので、そういう方向に行くと思います。
 それとレベルですよね。これは大々的な事業としてのACTが頓挫してしまったといえども、国府台病院の常駐スタッフが6、7名で今やっているんですね。そこでデータを集めてどういうやり方がいいのかプログラムやマニュアルを作っている最中です。ですからちょっとづつですけども、日本版ACTというのが前進していくと思いますし、川崎市の場合には既にACTとは言っていませんけれども、私たちリハビリテーション医療センターも微力ながらやっています。実は国府台病院が私たちの地域訪問ケア部署に見学にきたんですよ。ですから私たちの方が先に取り組んでいて、宣伝するわけではないですけども、私たちリハビリテーション医療センターのACTはある意味高いレベルにあるんだと思います。ありがとうございます。ぜひ期待にこたえるように頑張りたいと思います。

Q6 地域訪問ケアのテリトリーはどのくらいですか?
A6 市内全域です。地元の保健福祉センターに相談に行かれるといいと思います。

Q7 最近一人暮らしを始めた息子が少し忘れっぽくて、通院をや服薬を忘れてしまうんですね。もともとデポ剤注射を4週間に1回やって薬の飲み忘れを補足していたんですけど、それも忘れているようなんです。一緒に暮らしている時はこちらも声をかけることができたんですが、今はそれも難しい。この間夜中の3時に初めて電話がありまして、その時は気付かなかったんですね。後になってデポ注射に行ってないとわかったんです。すると四六時中家族が息子の薬のコントロールというんですか、メモをしていないと息子の生活が成り立たない。いつになったら家族がいなくてもできるようになるのかな、と思いまして。
A7 完全な解決方法ではないんですけども、ヘルパーを入れては?
Q7 それも考えていたんです。ヘルパーさんとケアマネージャー、ケースワーカー1人、私の4人で息子のアパートに行ったんですけども、もうそれだけで緊張してしまって本人が家にいられないんですよ。本人が言うには「家が狭くて入れるスペースがないから喫茶店で話そう」というんですよ。それで困ってしまいまして、ホームヘルパーの方も「仕事中なので喫茶店に入れない」というんですね。しょうがないので道路で立ち話です。もう本人は緊張しちゃっているわけです。私は横で何が必要なのか話していますけども、本人自身がヘルパーさんに何をしてもらいたいのかすっぽり抜けてしまって、「いらない、いらない」と言ってしまうんです。6名という大勢で来るというのも最初だけで、実際は2名ぐらいでいらっしゃるかと思うんですけども。その前に一人一人の顔をよく覚えさせてから始めないと、もう緊張しちゃっているのが見ててよくわかるんです。よそいきの言葉を使って、それでいて頭がポーっとしてしまって。そういう状況でした。
  それで「息子が他人を入れさせないから今はとりあえず駄目だ」と。本人が何をして欲しいと望んだときにどっかに書いておいて、それを本人に確かめながらヘルパーさんに頼むという感じになりました。
A7 ちょっと、難しいですよね。だから保健福祉センターのワーカーさんに個別に定期的に行って頂いて、顔見知りになって、それからちょっとずつ広げていく形がいいですよね。それはワーカーさんは承知していますか?定期的に顔見知りになるくらい行っていただくようにお願いしてみてはいかがでしょうかね。

Q 保健福祉センターのワーカーをしています。私たちも訪問して関係をつけてという風に考えてはいますが、実際はスタッフが足りなくて、以前ほどできない状況なんですね。緊急だとか救急だとか、他にも色々な事業を抱えている中で正直な話、訪問して関係を作るというのが非常にやりづらくなっている現状で、その辺のご理解も頂けたらな、と思います。
 ACTの問題ですけども、やはり地域訪問ケア班の方、専門知識をもった専門分野の方が川崎区から麻生区まで回ってくれて私たちも非常に助かると思うんですね。私たち保健福祉センターのワーカーも緊急なり福祉的な部分で訪問というのをやっています。保健福祉センターには障害福祉担当ということで、川崎区だけワーカーが4人いまして、あとは保健師2人という6人体制で、中原区が3名のワーカー、他の区は2名のワーカーと1、2名の保健師でやっています。そういう少人数で訪問等々で関係付けたりとか、いろいろなサービス提供の部分でやっています。今のところ「リハビリテーション医療センターはリハビリテーション医療センターで、保健福祉センターは保健福祉センターで」と訪問を単独でやっている印象が強いので、もうちょっとうまくパイプが結べたらなあと思ったりもしています。もうちょっとスタッフを、一ヶ所にまとめるというか、先ほど川崎市の場合は地域生活支援センターを三ヶ所設置する話があるということですが、早くそうできるような体制作りをしていくことができたらいいなと思います。


特定非営利活動法人 KAWASAKI精神保健福祉事業団